2005年10月05日

イラク、バクダッドのカジノでの話し(2005.10.05 VOL019号)

私が渡航した当時のイラクは、イランと戦争をしていた。
そんな戦争中なのにバクダット市内のホテルは、
他の国のホテルと変わらない。

勿論、国外の5つ星級のホテルも市内にある。
シェラトン、メリディアンなどがある。
月に1回は、ハウスの日本人と宿泊に行った。

その目的は、
・優雅な気分でホテルの部屋で週末を過ごす。
・滞在者は、テニスコートが無料で使える。
・プールに入る。
・ビュッフェスタイル(バイキングスタイル)の食事で
 普段食べられない食事をする。
・夜はカジノでギャンブルをする。

などの目的だった。

私たちは、娯楽のないバクダッドで
 唯一の楽しみだった。
  そしてアラブ諸国では禁酒なのに
   ここイラクだけは飲酒がOKだった。私たちは毎月の楽しみであるホテル滞在へと向かった。
 午後3時ごろホテルへ到着してチェックイン。
  部屋で少し休憩してプールへ向かう。

プールサイドへ日本人の野郎が
 6人集合して何をするでもなくプールへドボーン!!
  と飛び込む。

何回か飛び込むとプールサイドの
 リクライニングシートで日向ぼっこである。
  いつも5時ごろまでプールで遊ぶのだ。

それから部屋に戻り着替えをして
 ロビーに集合。
  皆でディナーバイキングである。

ハウスで普段食べられない、
 サラダやハム、ソーセージ、魚介類を
  もう食べられないくらい
   お腹へ詰め込む。

食べられなくなると夕食は終了だ。
 それからは個人行動である。

ホテルから外へ出てナイトクラブへ行く人。
 ホテル内のバーでピアノの弾き語りを聞くもの。
  そしてホテル内のカジノへ行くものなどである。

私はカジノへ行った。はじめてだ!!
 ホテルのカジノはヨーロピアンがディーラーをしている。
  カジノのディーラーの近くで監視している人も
   ヨーロピアンの女性であった。

何もかもがはじめてで
 どうして良いか判らず
  最初は賭けることが出来なかった。

ただ見ているだけだった。
 カジノはブラックジャックとルーレットだけだった。
  ルーレットのテーブルで目が点になる状況を見た。

それは、正しくクェート人だった。
 両手に札束を抱えて一番高いチップに交換し
  一度に数十万円を賭ける。
   そして酒を飲みながらギャンブルをするのだ。

彼らはクェートでは禁酒。
 お酒とカジノで遊ぶ為、遠路はるばるバクダットまで
  陸路でベンツに乗って来るのだ。

彼らはUS$の100ドル札の束を大きな
 バックに入れて持ってくる。

私はお札を紙の様に
 使うクェート人を見ていると
  自分が何だか虚しくなった。

クェート人は
 石油のお陰でお金持ちなのだ。
  石油が発見される前のクェートは、
   砂漠の端、ペルシャ湾の港町だった。

漁師町でペルシャ湾で魚を獲って
 暮らしている状況だった。

クェート人は毎日アラワの神に拝んだ
 お陰で石油が出たのだと思っているらしいと
  ある人から聞いた。

クェート人は苦労せずに石油のお陰で
 大金持ちになり、バクダットのカジノで
  札束をばらまいているのだ。

それでクェート人を見ていると
 私は虚しくなったのだった。

私たちは日本からこのバクダットへ来て
 十数ドルを賭けるのにハラハラしている
  その横で一瞬のうちに数百万円が
   動いていたのだ。

それからカジノでクェート人を
 見ると虚しくなるのでさっさと
  出ることにした。

ちなみにカジノに入るだけで入場料が
 取られる。

私がイラクから帰国して
 2年後にイラク軍のクェート進行があった。
  米国がクェートの支援で軍隊を派遣し
   湾岸戦争になった。

私は、クェート人がイラクに来て
 札束ばらまいているのを見れば
  いくら同じアラブ人とはいえども
   怒るし、嫉むだろうなーーーと思った。

そしてそんなクェートを不要と
 思ってイラクは占領しようとしたのも
  判る気がする。

本日の教訓として
 「物事は程々にすることが一番良いのだ。
  やり過ぎると反感をかうのだ!!」

次回のタイトルは、「ヨルダン人とイタリア人」
posted by デブおやじ at 10:06| 東京 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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