2006年02月20日

旧正月は何でも高い!(2006.02.12 VOL034号)

思い出せば、丁度今頃の季節だった。
 私が香港に赴任して最初の旧正月は
  家族は日本にいて、まだ1人だった。

住まいには、CDラジカセがあるだけで
 まだテレビもなく、自炊と言っても
  家族が来ていないのであまりしてなかった。

それに私は週末だけ香港の住まいに戻り、
 その他の日は深センに居るので食材も殆んどない。
  旧正月の前に香港へ戻ったが疲れて
   買物にも行く元気がなく寝てしまった。

そして、旧正月の元旦の昼頃、ゆっくり起きて
 外食しに町へ繰り出した。
  旧正月の町はお祭り気分で人が沢山いた。

話していることは判らないが
 中国本土から許可を取って香港へ入国している
  中国本土の人たちも沢山いた。

現在でも、香港と中国本土の間には
 国境(税関)があり、中国本土の人は許可が要るのだ。

ところで私の住まいから
 亜皆老街(アーガイローガイ)を歩いて10分ぐらいで
  旺角(モンコック)に出る。続きを読む
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2006年02月06日

香港のクリスマス!(2006.02.06 VOL033号)

はじめてクリスマス・イブを
 海外で迎えたのは香港に着任して4日目だった。

香港は、都市部に旧空港があった為、
 高層ビルの上や高いところでの
  電球のイルミネーションはできなかった。

私が着任した年に新空港が都市部から
 離れたところに出来て電球のイルミネーションが
  以前より華やかになった。

hongkongxmas.jpg

私は着任して家族もまだ赴任していないので
 仕事が終われば特に何もなく
  単身赴任の上司に連れられて食事に行く事になった。

港湾地区の海上コンテナがたくさんある
 近くの事務所から車に乗り高速道路へ入る
  市内の繁華街に近づくと周囲の風景は
   クリスマスらしく華やかな風景だ!

車は間もなく市内に入り
 クリスマスの交通規制の影響なのか
  解らないが大渋滞だ!
   全然動かない。続きを読む
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2006年02月05日

再び海外勤務?(2006.01.31 VOL032号)

1998年8月下旬、
 香港へ赴任する話しを上司から聞いた。
  ビザの手続きが着々と進み辞令が出た。

12月下旬の寒い朝だった。
 私は、香港へ赴任する為、成田空港に向かっていた。
  成田空港に着くと昔の上司が見送りに来てくれて嬉しかった。

不安と希望の中で出発、約3時間半で香港へ到着、
 いよいよだ!機内から到着ゲートへ出た。
  今度は暑い!!

香港の気温は25℃である。
 朝の東京との気温差が20℃以上である。

到着した空港は、
 同年7月に開港したばかりの香港チャクラブコック空港だ。
  まだ真新しい空港を出て、香港の会社の人とご対面。

空港から市内までは、高速道路で約30分、
 周りの風景は、まさにジャッキーチェンの映画通り、
  香港に到着したと実感したのは、道に飛び出している看板である。

香港と言えば、道に飛び出している看板!!
 また、鉛筆見たいに細い高層ビルと2階建てバスだ。
  私はその高層ビルを見ていて、
   ああ、ここは地震がないのところだと実感した。続きを読む
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2006年01月24日

初めてのゴルフコース!!(2006.01.24 VOL031号)

私が初めて米国に行ったのは12年前だった。
 仕事での出張で会議をしに行った。

米国の滞在先はサンフランシスコとロスだった。
 今では考えられないが当時は直行便が米国に飛び始めた頃だった。
  それまでは、アンカレッジ経由(給油して)で米国西海岸や東海岸へ行ったのだ。
   それに比べてノンストップ便は時間も短縮された。

私の記憶だと当時成田からサンフランシスコまで
 約14時間だったと思う。
  ただ、成田を夕方出発してサンフランシスコ到着が
   何と時差の関係で同日の朝なのだ。

何か、2度美味しいじゃないけど!!
 2度同じ日の朝からやり直しなのだ。
  当然時差ぼけする。
   日本は真夜中なのだから!

最初に到着した日の午前中は、
 興奮していて眠くないが昼食を食べると
  何か睡魔が襲ってくるのだ。
   それも強烈な睡魔だった。

多分、立ったままでも眠れるのでは!!と
 思うくらいの眠気だった。
  しかし、現地の日本人はそんなの関係なし
   会議は翌日なのでサンフランシスコはどんなところか
    車で案内してくれた。続きを読む
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2006年01月17日

オランダの球根(2006.01.17 VOL030号)

先週末の東京は少し暖かくなりました。
 皆さんの地域は如何でしょうか?

ところで日本へオランダから球根が
 輸入されているってご存知でしょうか?
  1989年まで私は知りませんでした。

オランダと言えば風車とチューリップ畑の
 イメージじゃありませんか?
  ところがそのチューリップの球根が
      航空便で輸送されているのです。

エーーーー!!
 航空便?運賃が高いのでは!!
  普通の貿易をしている人はそう考えるのです。
   そして船便で運ぶことを考えるのです。
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2006年01月13日

アメリカのさくらんぼ!!(2006.01.11 VOL029号)

イラクから帰国した私は成田空港の輸入貨物を
 担当することになり半年が過ぎた。
  5月、新入社員が初々しいこの季節に
   アメリカからチェリーが飛んで来るのだ。

成田空港は、別名生鮮市場で5月は
 アメリカンチェリーの解禁の季節。
  この年からカリフォルニア産が開始した。

その初めて到着したカリフォルニア産のチェリー、
 意外と小ぶりで色もまだ赤いので酸っぱい。

アメリカンチェリーの色は
 マホガニーレッドと言い、濃い紫の色だ。
  赤いのはまだ熟していないチェリーのこと。
   また、日本へ到着するサイズはUS No.1と言われ
    一番大きいサイズのチェリーだ!

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2006年01月04日

11月の第3木曜日って何の日?(2006.01.03 VOL028号)

明けましておめでとうございます。
 昨年は、当店をご愛顧頂き有難う御座います。
  本年も昨年同様よろしくお願い申し上げます。

皆さんはボジョレーヌーボワインをご存知ですか?
 今回は私がボジョレーヌーボワインを知った話です。

まだ世間にボジョレーヌーボワインの
 輸入量が急増する1980年代後半に
  私は成田空港で勤務していた。

日本はバブル絶好調!
 海外から高級なものや珍しいものが
  どんどん輸入されていた。

ボジョレーヌーボワインも
 そのバブルと言う波に乗って輸入されていた。

ボジョレーヌーボワインは
 南フランスのボジョレー地方で生産されている。
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2005年12月29日

空飛ぶマグロ?(2005.12.27 VOL027号)

今年も残すところあと5日になりました。
 皆様は如何お過ごしでしょうか?

私は年末をゆっくりしたいので
 クリスマスイブの24日に大掃除をしまた。
  窓ガラスや蛍光灯の傘を掃除すると
   部屋の中が明るくなりますね!

さて、今年最後のメルマガは「空飛ぶマグロ?」です。
 マグロが空を飛ぶ??
  そう、空を飛んで日本へ来るのです。

私がイラクから帰国して勤務したのは
 バブル絶好調頃の成田空港だった。
  当時、日本はまだ休日などは税関や他官庁が休みだったが
   米国などの諸外国からそれが貿易障壁などとの非難の声があり、
    休日も開庁(官庁が仕事すること)となった直後だった。

バブル絶好調の日本へは高級食材が航空貨物で
 到着していたが休日も官庁が仕事することで更に
  その数量を増加させていた。続きを読む
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2005年12月17日

日本への貸切飛行!(2005.12.13 VOL025号)

ジメジメのタイ、バンコック滞在も
 あと1日となり最終日は土曜日で、市内観光だ!
  現地駐在員から見れば土曜日も私の世話をやくのは
   つらいだろうと察してあまり乗り気ではないが
    市内観光へ1人で出かけた。

まぁ1人と言っても、ツアーバスに乗り
 市内の名所を回る観光である。
  ただしガイドは全て英語なので一部しか理解出来なかった。

今でも印象に残っているのは横に寝ている仏像である。
 南国に行くと大仏様も横に寝てリラックスするのだろうな〜〜〜と
  思いながら見ていた。
   また、当時の市内は全体的にゆっくりしていた印象だった。

市内観光も終わり、ホテルへ戻ると
 まだ夕食まで時間があったのでホテルの近くの
  露店へ土産でもと出かけた。

そこの露店に近づくと
 お兄さん!!お兄さん!!
  あるあるロレックス!!
   と片言の日本語で売込みである。続きを読む
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2005年12月06日

ジメジメのバングコック!(2005.12.06 VOL024号)

1986年のバングコック空港は滑走路の横に
 ゴルフ場があり飛行機目掛けて打てば当たるのでは
  なんて余計なことを考えていると到着。

9月はじめで季節は雨季らしい。
 しかし蒸暑い湿度はすごく高いのだろうな。
  空港から出て駐車場へ行く間に汗はダラダラです。

イラクは暑くても湿気はなくサラっとしていて
 汗も風が吹いていれば直ぐに乾く気候だった。
  しかし、タイはたまらない・・・この湿気!!

空港税関で何やら検査になり
 別室へ手荷物といっしょに連れて行かれた。
  そこで手荷物を開けて検査。
   特に問題はなかったので終了。

後で考えて見ると何かを貰いたかったのか?何て思った。
 イラクから到着した日本人だからもしかして
  お金沢山持っているか・・・なんて。
  それとも単純に日本人なのでかな?

どちらにしても不可解な検査だった。
 その煩わしい税関も終わりやっと入国ゲートを出た。続きを読む
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2005年11月22日

空港で魔の36時間!!(2005.11.22 VOL022号)

私のイラク滞在が約6ヶ月過ぎたところだった。
あーーーー、やっと半年過ぎた!!
 日本へ一時帰国ができる。
  日本へ帰ったら何食べようかな?
   何て、考えていた。

さぁ! 出発の日の朝だ。
 いつもと同様、朝食を済ませて空港へ向かった。
  いつもは貨物地区だが今日は旅客ターミナルだ!

そうです。
 一時帰国するのです。
  朝、8時過ぎに空港へ到着。
   まず手荷物のチェックインです。

そして、自分自身の出国手続きです。
  出発する時も手荷物検査と
   あのボディーチェックもありました。
    特にUS$の持ち出しは厳しくチェックされた。続きを読む
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2005年11月21日

ハトラの遺跡はすごい! 2005.11.13 VOL021号

イラクは、チグリス川・ユークラティス川と文明の
発祥の地、アダムとイブの木など遺跡の宝庫である。
私自身あまり遺跡に興味がなかった。
 しかし、1985年ごろのイラクでは休日に
  娯楽となるとホテルのコートでテニスするなど
   大した娯楽もなく観光で遺跡に行くぐらいだった。

イラク、バクダッドの暑い夏が終わる11月中旬ごろ
 私たちはバクダッドから北に200Kmぐらいの
  ところにある「ハトラの遺跡」に行くことになった。

イラク人の友人がマイクロバスを借りてきた。

いよいよ、出発。!!
 朝早く、11月中旬にもなると少し肌寒い。
  日本人、イラク人合わせて15人でいざ出発。
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2005年10月19日

ヨルダン人とイタリア人(2005.10.19 VOL020号)

私のイラクでの話題もそろそろネタ切れ。
残すところ後、2回ぐらいで終了です。

さて、今回の表題のヨルダン人とイタリア人、
 実は、ナイトクラブに来ているお客なのです。

私も会社の人間と何回か行くうちに
 1人で行くようになり、
  その時に知り合ったのがヨルダン人とイタリア人なのです。

最初は、店の中だけで話しを
 していただけですが、その内遅くまで居るうちに
  タクシー同乗して帰ることや
   ヨルダン人かイタリア人の車で帰ることになった。

ヨルダン人は、ワリッドさん。
 ライオネルリッチーの「ハロー」を歌わせると
  とても上手い。
イタリア人は、ロレンソーさん。
 みんなからロレンソーおじさんと呼ばれていた。

店での付き合いが続いたある日。
 この度の休みの日にロレンソーおじさんの家で
  ランチパーティーをすることになった。

私は、はじめて海外で日本人以外の家に
 食事の招待を受けた。
  何か持っていかなくてはいけないかと思い
   ケーキを買って行った。

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2005年10月05日

イラク、バクダッドのカジノでの話し(2005.10.05 VOL019号)

私が渡航した当時のイラクは、イランと戦争をしていた。
そんな戦争中なのにバクダット市内のホテルは、
他の国のホテルと変わらない。

勿論、国外の5つ星級のホテルも市内にある。
シェラトン、メリディアンなどがある。
月に1回は、ハウスの日本人と宿泊に行った。

その目的は、
・優雅な気分でホテルの部屋で週末を過ごす。
・滞在者は、テニスコートが無料で使える。
・プールに入る。
・ビュッフェスタイル(バイキングスタイル)の食事で
 普段食べられない食事をする。
・夜はカジノでギャンブルをする。

などの目的だった。

私たちは、娯楽のないバクダッドで
 唯一の楽しみだった。
  そしてアラブ諸国では禁酒なのに
   ここイラクだけは飲酒がOKだった。続きを読む
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2005年09月30日

まか不思議なテント?(2005.09.29 VOL018号)

世の中には、「まか不思議な」ことがあります。
 イラク、バクダッドでの話しです。
  ある日、車で住宅街を走行していると
   道が塞がれて通れない。

また、他の場所に行くと同様に
  道が塞がれて通れない。

これ一体何なの?
 よく見ると大きなテントなのです。
  その大きなテントが道を塞いでいる。

でも、何で道を塞いでまで
 テントを建てているのか?
  何て考えておりました。

しかし、このテント本当に迷惑、
 このテントの影響ですぐ先にある
  お客さんのところへ行けず
   迂回していくなど不便なのです。

それも、何の標識もなく、
 角を曲がると突然、壁の様にテントが
  道を塞いでいるからです。続きを読む
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2005年09月21日

恐怖のエレベーター!(2005.09.21 VOL017号)

私は、イラクに来てからいろいろな経験をした。
 次から次へと新たな発見や出会い
  毎日が生きているなーーーて感じだった。

その中でも、嫌な経験がある。
 いつも通り夕方は、代理店との打合せである。
  いつも、この代理店のビルは、
   今にも止りそうなエレベーターで、
    上らないと行けないのだ。

と言うと、階段は無いのかと
 思われる人もいますが、
  階段はチャンとあります。

ただし、階段は途中で人の家の中に入ります??
 何だって??
  そう、階段の途中が家の部屋の一部に
   なっているので、普通は通れないのだ。

と、言うことでエレベーターが完全に
 止らない限り、この階段を利用しない。

毎日、このエレベーターに乗るたびに
 途中でゆっくりになったりするので
  いつかはといつもドキドキ。

そして、その時は音も立てずに
 やって来た。
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2005年09月15日

不思議な引き出し? (2005.09.14 VOL016号)

世の中には、不思議なことが沢山あります。
 でも、こんな引き出しの使い方もあるとは
  その時の私には考えつかなかった。

誰もが、勉強するとき最初に使うのが机。
 そして、机には必ずと言っていいほど
  引き出しが付く。

皆さんは、引き出しに文具や、ノート、貰い物、
 大事な写真などいろいろなものを
  大切に保管するところだと考える。

また、社会人になってからは、
 会社の書類、取引先関係の名刺
  仕事に必要な文具などを入れるものが
   引き出しだと考えるのが普通ではないだろうか?

でも、私はその考えを180度変えさせる
 状況を見たのだった。

バクダットの生活も慣れてきた
 1ヶ月過ぎたころのことである。
  いつもと変わらず空港へ向かい、
   航空会社の事務所へ書類を引き取りに行った。

航空会社のスタッフが
 日本から到着した書類を仕分けしている
  そして、私が必要な書類にサインを
   していたときのことである。続きを読む
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2005年09月07日

バクダット空港の倉庫での怖いこと(2005.09.07 VOL015号)

以前のメルマガで掲載しましたが、
 空港へ行く道は、片側3車線はある
  それは、立派な道です。

しかし、道の両脇にあるナツメヤシの木々の間には、
 いつでも敵(当時は、イランが敵)が来ても対抗できる
  対空砲が配置されていた。

そんな道を通ってバクダット空港へ向かう
 そのまま旅客ターミナルへ向かうのは、普通の人。
  私は、貨物地区へ向かった。

貨物地区へ入るトラック以外の車両は、
 倉庫から歩いて2〜3分ぐらいのところにある
 駐車場へ駐車することになっている。

私の乗る車は、駐車場へ到着。
 あーー、今日も暑い。
  駐車場は、もちろん炎天下で倉庫までも
   屋根一つない炎天下である。

駐車場から倉庫へ行く途中にゲートがある。
 初めて行くときは、ゲートの守衛用の
  貢物を持参。

まず、ゲートに近づくや、
 銃で行く手を遮られる。
  私は、生まれて初めて銃を目の前で見た。
   とっても緊張し、ドキドキしたのを今でも覚えている。続きを読む
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2005年09月01日

不思議な霧?砂嵐? (2005.08.30 VOL014号)

1年の殆んどがカリフォルニアの青い空のような
イラク・バクダットにも白い雲がポッポッと
出てくる11月下旬。

気温は、40度ぐらいから急に20度前後に下がる
そして、12月から2月の間は、梅雨空のようになる。

そんなある日のことである。

夜、車で走行していると
 何だか霧のような状態、
視界が悪くて同乗者に聞いた。

これって何?
 なんだか、喉がホコリを吸った時の
  ような感じである。

同乗者は、あっ!これ!
 これは、サンド・ストーム、砂嵐だよ?

でも、周囲は嵐ではない。?続きを読む
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2005年08月27日

シルクロードの宿場町、バクダッド(2005.08.24 VOL013号)

私のイラク体験記も12回を過ぎて13回目です。
そろそろネタも切れてきましたが、昔の記憶を
思い出してあと3回は、イラク特集で行きます。

バクダットと言えば、シルクロードの宿場町でもあります。
ここは、東洋と西洋の交差点とも言えるでしょう。

町にでると、アジア系の顔の人と思えば、
 肌は真っ白の白人系の人、
  目が鋭いインド系の人など色々です。

昼間は、毎日カリフォルニアの青い空ではなくて
 バクダッドの青い空!!
  そして夕日が地平線に落ちると
   バクダットの夜は始まるのです。

夜に町へ出かけると
 それはそれは、千夜一夜のような
  派手な光景が、
   アラビアの音楽が、あのバイオリンと
    太鼓の響きがナイトクラブから
     聞こえてくる。続きを読む
posted by デブおやじ at 13:10| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする